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最近、当ジム代表が入門させていただきました、尾張が誇る剣術の名門「柳生新陰流 春風館」のご紹介をさせていただきます。
私は大道塾時代の同期友人、太気拳家である 野口健さんより勧められ柳生新陰流の存在を知り、同じく勧めいただいたとみ新蔵さんの劇画「柳生兵庫の助」「柳生蓮也」を読み、ながらく惹かれておりました。
柳生新陰流という名前は、柳生十兵衛など時代劇などでたびたび登場し、有名でございますが、天下泰平の江戸幕府の剣術指南役を務められた剣術です。
柳生新陰流には、無刀取りという、刀を持つ相手に無手(何も持たず)対峙し、制する技があるように、活人刀(かつにんとう)の思想と技があります。
相手を上回る力量があるなら、命を取りに来る相手までも制して制御でき、敵も我も殺さずにおけるという技術と思想なのです。まさに争いが起きぬよう天下統一を果たすという三英傑の天下布武と重なります。
同じ時代を生きていた剣術家としては、宮本武蔵も無敗でかなり有名ですが、徳川家の剣術指南役を担えたのは、この活人刀の思想が政(まつりごと・政治)にも大きく活きてきたからとも伺えます。
1対1の闘いは小兵の理が重要ですが、集団同士の闘いは大兵の理、合戦であったり政治やまつりごと、世の中には重要であるといえるでしょう。
強くあり、平和を導くことができる流儀であると言えるでしょうー。
そしてその柳生新陰流でも剣技としての技術が深く完成されていたと言われるのが、尾張柳生新陰流なのですが、その深い技術と思想を長らく継いで居られるのが、名古屋市中川区に所在の
春風館なのであります。 幕末最後の後継者 柳生三五郎厳周氏より8歳より学んだ高弟であった神戸金七先生が初代館長として、2代目館長を加藤伊三男先生がお務めされ、現在3代目館長として、
下村幸弘先生がご指導されており、ご活躍されております。下村先生は、学校教員もされて非常に人格者で私のようなものにも丁寧に接してご指導いただいております。春風館では、柳生新陰流と尾張貫流槍術という槍の稽古もご指導いただきますが、かなり実践的で迫力があります。
私も50歳後半になり時間もないと感じ、またキックボクシングを普及させるにあたり武士道を語るには、武士道精神をもって幕末の動乱機に活躍された勝海舟、坂本龍馬、山岡鉄舟、岩倉具視らが精神的支柱として修行した剣術を学ばねばと、また、ドラマ「ちるらん」「イクサガミ」を鑑賞していると、日本刀で向かってこられたらどうなるんだろうか?とおもい、柳生新陰流 春風館の門を潜らせていただいたのでした。
さて、春風館、最初から圧倒されました。 空手・ボクシング・キックボクシング・サンボ・柔術・レスリング。ムエタイ・総合格闘技と多くの格闘技を学んできたのですが、練習の姿勢、雰囲気が格闘技道場、素手武道場とはあきらかに違うものを感じました。覚悟と謙虚さ、というのが印象的でした。 わたしら格闘技は、倒すか、倒されるか、まあ気絶するかですが、即死はめったにありませんー。しかし剣術では、真剣を前提の動き、「切るか」「切られるか」のやりとりが前提故、まさに真剣ですー。若い方から、年配の方から女性まで非常に真面目に真剣に稽古に取り組んで居られますが、傍らで感心しながら見取り稽古をしていると、その凛とした真剣な表情は、あまり日常であい見えたことがなく、普段はどこの日常にいるのだろう?タイムスリップしたのではと思うほどです。みなさんのサムライぶりに、明日日本が戦争だ!と言われたら、表情変えずにそのまま「ハイ!分かりました」と国を背負って向かいそうな方々ばかりです。 そしてみなさま謙虚で、武道にありがちな体育会的な雰囲気がなく非常に清々しいのですー。
その技術は奥深く、実践的でありますが、百数十以上もあるといいますから死ぬまでに覚えられないかも知れませんー。また、道具を持った格闘術は初めてであり、思った以上に感覚が違い戸惑っております。キックボクシングの初心者も方々もこんな感じなんだろうなと、教えることの勉強になります。しかし、名古屋にいいて、随一とよばれる尾張柳生新陰流を学べるご縁に非常に感謝し、謙虚に少しづつ稽古させていただこうと思います。 この春風館道場は、歴史と由緒ある道場でありますので、微力ながらお役に立てるようになりたいと感じております。 下村先生、神戸先生、いつもやさしくご指導いただいております先輩方、今後ともよろしくお願い申し上げます。
柳生新陰流の思想と技術にご興味のある方は、私がおつなぎしても良いですし、直接、道場後担当者様にご相談の上、見学や、入門をご検討おねがいします。
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